Jun 17, 2010

派遣と通常の運不運によるところが大きい

派遣事業用意した派遣会社と派遣社員を代替して儲けた企業がある一方で、派遣を生業と北の人々は現在の仕事がなかなか見つからずに日々苦労しています。派遣社員になったり、正社員になるかは高学歴が必要な大企業や専門職以外は基本的に先着順の法則に支配されているところが大きい。これは運、不運によるところ
自分は派遣会社に登録している失業者です。一般の会社に就職すればいいのですが、なんとなくフリーターに満足しています。派遣会社から要求される事は色々あって、非常に楽しませています。派遣なので、あまり同じ場所に長く勤務しているわけではないが、慣れてしまえば、このまま仕事をしたいこともあります。
 「広島0‐5阪神」(18日、マツダ)
 阪神が3連勝。初回、ブラゼルの左中間2点二塁打で先制。三回はブラゼルの左前適時打、藤井の左中間への適時二塁打などで3点を奪った。
 広島の先発・福井は立ち上がりから制球が甘く、7安打を浴びて3回5失点で降板した。

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 好調の横浜・金城龍彦外野手が18日、ヤクルト戦(横浜)で先制点をたたき出した。両チーム無得点の四回2死一、二塁。先発七条の直球をとらえ、チーム初安打となる右越えの適時二塁打を放った。
 「須田が頑張っていたので、とにかく甘い球が来たら思いきりいこうと思っていた」と金城。先発の新人右腕・須田を、ベテランのバットが強力に援護した。

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 オリックスは18日、千葉ロッテに3対2で競り勝ち、引き分けを挟んだ連敗を7で止めた。2対2の同点で迎えた8回裏に、バルディリスがレフトスタンドへ6号ソロを放って勝ち越した。先発の西勇輝は7回1失点と好投した。

 以下はバルディリスのコメント。
「アリガトウゴザイマス。(一発を狙っていた?)甘い球を待っていました。ボールをしっかりとらえたので、打った瞬間に本塁打だと分かりました。7連敗していたので、守備でもバッティングでも良いところを見せようと思っていました」

取材協力:野球専門誌 Baseball Times

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 オリックスが競り勝って、連敗を7で止めた。八回に追い付かれたが、その裏2死走者なしからバルディリスが決勝の6号ソロを放った。平野に2勝目が付き、九回を締めた岸田が16セーブ目。ロッテは3番手のロサが踏ん張れなかった。 

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 紙吹雪が舞う中、背番号「10」をつけた「なでしこジャパン」の主将、沢穂希(32)が優勝トロフィーを高々と掲げる。「ずっと世界一を目標にして戦ってきた。誰より、うれしい」。他の選手とともに喜びを爆発させた。

 「苦しくなったら私の背中を見て」と叫んだ北京五輪から3年。決勝の舞台でも、最も苦しかった延長後半12分、チームを救ったのは、やはり沢だった。宮間のコーナーキックを巧みに右足で合わせた。ボールは同点ゴールとなって、ネットに突き刺さった。

 世界ランク1位で最強の米国。ひるんでもおかしくない相手だ。だが、沢は違った。「最高の舞台で米国とやれる。サッカーの神様が本当にすごいチャンスをくれた」。重圧を楽しみに変えた。PK戦でも、他の選手を励ました。

 小学校から東京都内の強豪クラブで男子に交じってプレーし、15歳で日本代表で国際デビューした“天才少女”。1996年アトランタ五輪にも出場し、順調に見えたキャリアは女子代表がシドニー五輪出場を逃した99年、大きな転機を迎えた。

 当時は日本経済が不況の真っただ中。サッカー界も無縁ではいられず、98年にはJリーグの横浜フリューゲルスが消滅した。沢の所属チームも99年から経営母体が代わり、プロ契約の打ち切りを宣告された。

 そんなとき、チームの同僚だった米国選手に、プロリーグ発足の動きがあった米国行きを勧められた。まだ女子大生だった沢だが、母親の満寿子(まいこ)さんに「チャンスの波に乗りなさい」と背中を押され、単身渡米。当初は言葉も通じず、ホームシックにも苦しんだが、体格に勝る相手にもまれる中、一瞬のスピードと判断力の速さを磨いて大きく成長。生来の人見知りまで解消され、女子サッカー界の真のリーダーたる基盤を作った。

 磨かれた精神力を発揮したのが2004年のアテネ五輪アジア予選だ。右ひざ半月板損傷を抱えながら、出場権を懸けた東京・国立競技場での北朝鮮戦にフル出場し、勝利に貢献した。当時はスポンサー撤退による米プロリーグの活動休止を受け、日本に戻ったばかり。「アテネへ進めなければ、女子サッカーの明るい未来は開けない」。外的要因にサッカー人生を大きく狂わされ、日本に置ける五輪出場の大きさを身をもって知る沢だからこそ見せられた執念だった。

 「サッカー人生の集大成としてメダルを取りたい」と意気込んだ今回のW杯。1次リーグのメキシコ戦ではハットトリック、準決勝のスウェーデン戦では決勝点を奪い、決勝でも同点弾。代表での通算ゴール数は釜本邦茂氏を上回る前人未到の「80」に達した。得点王と最優秀選手にも輝いた。

 日本サッカー協会の川淵三郎名誉会長は「(沢の)サッカーに対する姿勢がいい結果を出し、彼女の背中を見て若手が育っていっている」と敬意を表せば、今季から所属先のINACでも同僚となった日本代表の川澄奈穂美も「毎日一緒にいると、さらにすごさが分かる。技術もメンタルも、自分はまだまだと思わされる」と舌を巻く。

 海外で活躍する後輩も増え、昨年の広州アジア大会で主将を任された宮間あや(岡山湯郷)のように新たなリーダー役も現れた。だが女子サッカー界の暗い時代も明るい時代も知る経験豊富なベテランの存在は、何物にも代え難い。

 来年はロンドン五輪。2008年の北京五輪は4位だった。「欲が出てきました。今度は五輪のメダルもほしい」。日本代表歴18年の大ベテランは、まだまだ先頭に立って、走り続けるつもりだ。(奥村信哉)

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